「それ取って」と英語で言おうとして、一瞬手が止まったことはありませんか。this だったか that だったか、口に出す直前で迷ってしまう。学校で一番はじめに習ったはずの単語なのに、実際の会話になると自信が持てない——そんな声はとても多く聞かれます。
迷いの原因は、単語を覚えていないことではありません。日本語と英語で「距離の区切り方」がずれていること、そして「1つか複数か」を同時に判断する必要があることの二つが重なっているためです。逆に言えば、この二つの軸さえ整理できれば、選択に必要な時間は一気に短くなります。
この記事では、this・that・these・those の基本から、時間や心理的な距離の表し方、that of / those of や those who といった一段上の用法、そして「こっち・あっち」を伝える over here / over there まで、実際に口に出せる形で順番に整理していきます。読み終えるころには、目の前の物を指しながら自然に単語を選べる状態を目指せます。独学で不安が残る場合は、英語教室のように口に出して確認できる場を併用すると定着が早まります。
まずは、すべての判断の土台になる「距離」と「数」の考え方から見ていきましょう。
this と that の使い分けは「距離」と「数」の二軸で決まる
- 近い・遠いの二段階と、単数・複数の二段階を掛け合わせると this / these / that / those の4つになる
- 日本語の「それ」と「あれ」は、英語ではどちらも that 側にまとまる
- 距離の基準は常に「話している自分」であり、相手の手元にある物も that になる
- these / those の後ろに置く名詞は必ず複数形にそろえる
英語で「これ・あれ」を表す語は、距離と数の掛け算で4つに分かれます。近いか遠いかを決め、次に1つか複数かを決める。この順番で考えると、選択肢は自動的に一つに絞られます。
近くにある1つのものは this、近くにある複数のものは these。離れた場所にある1つのものは that、離れた場所にある複数のものは those。まずはこの対応関係を、頭の中で四つの箱として持っておいてください。

日本語は三分割、英語は二分割
日本語話者が最初につまずくのは、区分の数が言語によって違うという点です。日本語には「これ(自分の近く)」「それ(相手の近く)」「あれ(両者から遠い)」という三段階があります。
一方の英語には、「自分の近く」か「自分から離れている」かの二段階しかありません。つまり日本語の「それ」と「あれ」は、英語ではどちらも that に吸収されます。
相手が手に持っているペンを指して「そのペン取って」と言う場面を想像してください。日本語では「その」ですが、自分からは離れているので英語では Can you pass me that pen? となります。この一点を先に押さえておくだけで、会話中の迷いは半分ほど減ります。
日本語の「それ」につられて this を使うと、聞き手は自分ではなく話し手の近くを探してしまい、一瞬の混乱が生まれます。距離の基準はあくまで「話している自分」です。相手の手元・足元にある物は、日本語で「その」と言っていても英語では that を選びます。
this と these──手が届く範囲のもの
this は、自分の近く、手を伸ばせば触れられる範囲にあるものを指します。会話では実際に物を持ち上げたり、指を添えたりしながら使われることがほとんどです。
- フレーズ
- This pen is mine.
- 日本語訳
- このペンは私のものです。
- 使う場面
- 机の上で持ち物が混ざったとき、自分の手元にあるペンを示しながら所有を伝える場面。
- 注意点・誤用例
- 相手の手元にあるペンについて言うなら That pen is mine. になります。this pen と言った時点で「自分の近くにあるペン」という前提が伝わります。
- 発音・ニュアンス
- this は /ðɪs/。上下の歯で舌先を軽く挟んで息を出し、母音は短く切ります。所有を主張する場面では mine を強めに置くと角が立ちにくくなります。
- フレーズ
- Is this seat taken?
- 日本語訳
- この席、空いていますか。
- 使う場面
- カフェや電車で、目の前の空席に座ってよいか確認するとき。
- 注意点・誤用例
- 直訳して Is this seat empty? とすると事務的に響きます。taken を使うのが定型です。少し離れた席なら Is that seat taken? に変わります。
- 発音・ニュアンス
- Is this は「イズィス」のようにつながります。文末を上げ調子にすると、やわらかい確認の響きになります。
対象が2つ以上になると these に変わります。日本語の「これら」に当たる形で、後ろに名詞を置くときは必ず複数形にします。
- フレーズ
- I’ll take these two, please.
- 日本語訳
- この2つをください。
- 使う場面
- 店頭で商品を手に取り、購入するものを店員に示すとき。
- 注意点・誤用例
- this two とは言えません。数が2以上なら these で受けます。ケース越しで手が届かない場合は those two になります。
- 発音・ニュアンス
- these は /ðiːz/ と母音を長く、語尾は濁った z の音。please を添えるだけで丁寧さが十分に確保できます。
that と those──手の届かない範囲のもの
that は、少し離れた場所にあるもの、手を伸ばしても届かない範囲にあるものを指します。屋外の看板、部屋の反対側の家具、通りの向こうの建物などが典型です。
- フレーズ
- Can you read that sign from here?
- 日本語訳
- ここからあの看板が読める。
- 使う場面
- 駅や街角で、離れた案内表示を一緒に確認するとき。
- 注意点・誤用例
- from here(ここから)とセットで使うと距離感がはっきりします。手元のパンフレットの文字なら this になります。
- 発音・ニュアンス
- that /ðæt/ の語尾 t は軽く飲み込まれ、that sign は「ザッサイン」のように聞こえます。
- フレーズ
- Who are those people over by the entrance?
- 日本語訳
- 入口のあたりにいるあの人たちは誰。
- 使う場面
- パーティーや会場で、離れた場所にいる集団について同行者に尋ねるとき。
- 注意点・誤用例
- those person とは言えず、those people と複数形にします。人を指さす動作は失礼になりやすいので、視線や手のひらで方向を示すほうが無難です。
- 発音・ニュアンス
- those /ðoʊz/ は唇を丸めて長めに。小声で尋ねると詮索の響きが和らぎます。
「これは」と「この」──代名詞と形容詞の二つの顔
this / that / these / those には、単独で主語や目的語になる代名詞としての使い方と、名詞の前に置いて「この・あの」と限定する形容詞(限定詞)としての使い方があります。日本語の「これは」と「この」の違いと重ねると理解しやすくなります。
This is my bag. は代名詞で「これは私の鞄です」。This bag is mine. は形容詞で「この鞄は私のものです」。指し示す対象は同じでも、文の組み立て方が変わります。
形容詞として使うときに欠かせないのが、後ろの名詞と数をそろえることです。これは細かい規則ではなく、聞き手が「1つの話か複数の話か」を判断する手がかりになっています。
- these books(○)/these book(×)
- those students(○)/those student(×)
- this information(○)/these informations(×・数えられない名詞は this / that 側)
- this water、that advice、this furniture も同じ扱いになります
複数形の s を落としてしまうと、話の輪郭がぼやけます。逆に言えば、s を意識するだけで伝わり方が安定するということです。では、この「距離」の感覚は物理的な遠近だけの話なのでしょうか。
距離は物理的なものだけではない──時間と心理の遠近
- 今に近い時間は this / these、離れた過去の一点は that / those で表す
- these days は現在の話、in those days は過去の話とセットで覚える
- 心理的に近づけたい相手には this、距離を置きたい対象には that が選ばれる
- 人の紹介と電話の名乗りは this is が定型表現になる
this と that の距離感は、目に見える遠近だけを表すものではありません。時間の遠近と心理の遠近にも、まったく同じ感覚が使われます。ここまで押さえると、使い分けの精度が一段上がります。
時間の遠近を表す this / that / these / those
いま自分がいる時間に近い出来事は this や these、離れた過去の特定の一点は that や those で示します。this morning(今朝)、this week(今週)、this year(今年)、these days(近ごろ)、that night(あの夜)、in those days(あの当時)といった形が代表例です。
- フレーズ
- Lots of people buy electric cars these days.
- 日本語訳
- 近ごろは多くの人が電気自動車を買う。
- 使う場面
- 世の中の変化について、雑談や意見交換の中で触れるとき。
- 注意点・誤用例
- these days は現在形や現在進行形と組み合わせます。過去形と一緒に使うと時間軸がねじれるため、過去の話なら in those days に切り替えます。
- 発音・ニュアンス
- these days は文末に置かれることが多く、軽く添えるように発音されます。文頭に置くと「近ごろはね」と話題を切り出す響きになります。
- フレーズ
- In those days, nobody had a smartphone.
- 日本語訳
- 当時は誰もスマートフォンを持っていなかった。
- 使う場面
- 昔の暮らしぶりを説明したり、思い出話をしたりするとき。
- 注意点・誤用例
- 「最近は」と言いたいのに Those days と言ってしまう取り違えが起こりがちです。those は過去側の語だと位置づけて覚えます。
- 発音・ニュアンス
- In those days の後ろで軽く区切ると、聞き手が時間の設定を受け取りやすくなります。懐かしさを帯びた響きがあります。
なお today(今日)や tonight(今夜)のように専用の語がある場合、this day や this night とは言いません。一方で this Friday(今週の金曜)、that Friday(あの金曜)、this summer(この夏)のように曜日・季節と組み合わせる形は自然です。
心理的な距離を表す this / that
物理的には目の前にいても、心理的に距離を置きたい対象には that が使われます。逆に、近しい存在として差し出したいときは this が選ばれます。
たとえば That’s not what I meant.(そういう意味じゃない)は、相手の解釈を自分から少し押し返すニュアンスを持ちます。人を紹介する場面でも、この感覚がそのまま働きます。
- フレーズ
- This is Mr. Tanaka from the sales team.
- 日本語訳
- 営業チームの田中さんです。
- 使う場面
- 社内外の顔合わせで、隣にいる同僚を相手に引き合わせるとき。
- 注意点・誤用例
- その場にいる人を He is Mr. Tanaka. と紹介すると、突き放した響きになります。紹介は This is が定型です。二人目を紹介するときは and that is my colleague Jake. のように続けられます。
- 発音・ニュアンス
- This is は「ズィスィズ」とつながります。相手に手のひらを向けながら言うと、温かく丁寧な印象になります。
電話での this と that
電話でもこの距離感が生きています。自分を名乗るときは自分に近いので this、相手を尋ねるときは離れているので that を使う地域があります。
- フレーズ
- Hello, this is Aya speaking. / Who’s this? / Who’s that?
- 日本語訳
- もしもし、アヤです。/どちら様ですか。
- 使う場面
- 電話に出たとき、または相手の名前を確認したいとき。Who’s this? は主に北米、Who’s that? は主に英国で聞かれます。
- 注意点・誤用例
- 電話で I am Aya. と名乗るのは対面向けの言い方で、やや不自然に響きます。丁寧に尋ねるなら May I ask who’s calling? が安全です。
- 発音・ニュアンス
- speaking を添えると落ち着いた印象になります。Who’s this? は言い方が強いとぶっきらぼうに聞こえるため、語尾を上げてやわらげます。
物や人だけでなく、実は「たった今出てきた話の内容」も this と that で指せます。次に、その受け答えの型を見ていきましょう。
すでに話に出た内容を指す this と that
- 相手が言った内容や直前の出来事を受けるときは that が基本
- これから自分が述べる内容を予告するときは this が向く
- That’s a good idea. / Listen to this. のような短い定型で覚えると使いやすい
会話のキャッチボールでは、受けるのが that、出すのが thisという向きの違いがあります。相手の発言は自分から一歩離れた場所にあるので that、これから自分が差し出す話は手元にあるので this、と考えると筋が通ります。
相手の発言を受ける形としては、That’s a good idea.(それはいい考えだね)、That’s not true.(それは事実じゃない)、That’s too bad.(それは残念だね)、That would be great.(それは助かります)などが定番です。
- フレーズ
- My brother is coming home for the holidays. — That’ll make your mother happy.
- 日本語訳
- 兄が休暇で帰ってくるんだ。— お母さんが喜ぶだろうね。
- 使う場面
- 相手が話した出来事全体を受けて、感想や見通しを返すとき。
- 注意点・誤用例
- ここを This’ll make… にすると、相手の話ではなく自分がこれから示す何かを指すように響きます。受け答えは that が自然です。
- 発音・ニュアンス
- That’ll は「ザトゥル」と一息で。相づちとして軽く速く言うと会話のテンポが保てます。
- フレーズ
- Listen to this. I just got promoted.
- 日本語訳
- ちょっと聞いて。昇進したんだ。
- 使う場面
- これから話す内容に相手の注意を引きつけたいとき。
- 注意点・誤用例
- Listen to that. にすると、実際に聞こえている音(外の物音など)を指す文になります。予告の this と音を指す that は役割が違います。
- 発音・ニュアンス
- this をやや強く、少し間を置いてから本題に入ると期待感が生まれます。
This is what I wanted to tell you.(話したかったのはこれです)も、これから中身を示す this の典型です。受けと予告、この向きを意識するだけで受け答えが一気に自然になります。
名詞の繰り返しを避ける that of / those of
- 比較の文で同じ名詞を繰り返さないために that(単数)/those(複数)で受ける
- この that / those は「the + 名詞」の代わりなので、後ろに of や in などの限定語句が続く
- 会話では名詞を省略するか the one / the ones を使うほうが自然
書き言葉やあらたまった場面では、比較する二つの文で同じ名詞が並ぶのを避けるために that / those が使われます。The temperature of Hokkaido is lower than that of Osaka.(北海道の気温は大阪の気温より低い)のような形です。
複数名詞を受ける場合は those になります。Hen eggs are bigger than those of quails.(鶏の卵はうずらの卵より大きい)のように、比較対象をそろえる働きをします。
この that / those は「the+名詞」の代役なので、裸のまま文を終えられません。The winter in Canada is colder than that. とすると何と比べているのか宙に浮きます。The winter in Canada is colder than that in Australia. のように、後ろに of や in などの限定する語句を必ず続けます。
日常会話では、もっと軽い言い方が選ばれます。The temperature in Hokkaido is lower than in Osaka. のように名詞ごと省略したり、the one / the ones で受けたりする形です。
- フレーズ
- Do you know John Smith? — The one who teaches at the high school?
- 日本語訳
- ジョン・スミスって知っている。— 高校で教えている人のこと。
- 使う場面
- 同名の人物が複数いるとき、どの人のことか確認する場面。
- 注意点・誤用例
- ここで The one を that に置き換えることはできません。人を指して「〜のほうの人」と言うときは the one を使います。ただし Oh, that John Smith!(ああ、あのジョン・スミスか)のように、形容詞的に強調する that は自然です。
- 発音・ニュアンス
- 確認の返しなので語尾を上げます。that John Smith の that を強く言うと「例のあの人」という含みが出ます。
「〜する人々」を表す those who
- those who は people who の代わりに使われ、掲示や案内、スピーチで頻出する
- those interested / those present のように分詞や形容詞が直接続く形もある
- this who という言い方はなく、単数なら a person who / anyone who を使う
those には「(〜する)人々」という意味で people の代わりを務める用法があります。案内文やあらたまった発言でよく見かける形です。
Those who wish to attend should sign up by Friday.(参加希望の方は金曜までに申し込んでください)のように、条件に当てはまる人全体をまとめて示します。掲示物の文面としても読みやすい形です。
後ろに分詞や形容詞が直接続くこともあります。those interested(興味のある人)、those present(出席者)、those chosen(選ばれた人)などが代表例です。
- フレーズ
- Those interested can stay after the meeting.
- 日本語訳
- 興味のある方は会議のあとに残ってください。
- 使う場面
- 社内の案内、イベントのアナウンス、掲示物など。
- 注意点・誤用例
- 単数で「〜する人は」と言いたいときに this who とは言えません。Anyone who is interested can stay. のように言い換えます。
- 発音・ニュアンス
- Those interested はつながって「ゾウズィンタレスティッド」のように聞こえます。日常会話より、ややあらたまった響きです。
ここまでは物や人そのものを指す言い方でした。では、「こっち」「あっち」という場所やエリアはどう伝えるのでしょうか。
こっちは over here、あっちは over there
- here / there は「点」、over here / over there は「面(エリア)」のイメージ
- this way / that way は方向を示し、this way には「このやり方で」の意味もある
- right here、just over there、back there のように語を足すと位置の精度が上がる
物の場所を伝えるとき、this / that と並んで登場するのが here と there の組です。「こっち」は over here や this way、「あっち」は over there や that way で表します。
over を付けるかどうかで、伝わる範囲が変わります。here と there は点、over here と over there は面と捉えると整理しやすくなります。
here / there と over here / over there の違い
here は自分が立っているまさにその地点を指します。over here は「自分のいる側の一帯」で、少し離れた相手に呼びかける場面や、広い空間で自分の位置を示す場面に向いています。
Come here. は「(私のところに)来て」、Come over here. は「(そちらからこちら側へ)来て」。後者には移動の距離感が加わります。
there は相手のいる場所や、すでに話題になっている地点。over there は「あそこ、向こう」で、there より離れていたり、指し示さないと分からない場所を表したりします。Put it there.(そこに置いて)と Put it over there, by the window.(あっちの窓際に置いて)を比べると違いがはっきりします。
なお over here には「この地域では」という地理的な広がりの意味もあり、Over here we call it a “key chain.” のように使われます。
this way / that way の使い方
- フレーズ
- Right this way, please.
- 日本語訳
- どうぞこちらへ。
- 使う場面
- 来客を席や部屋へ案内するとき。飲食店や受付での定型表現。
- 注意点・誤用例
- this way には「このやり方で」という意味もあります。Do it this way.(こうやってみて)は方向ではなく方法を示す用法で、文脈で判断します。
- 発音・ニュアンス
- Right を軽く添えると案内らしい響きになります。手のひらを上に向けて示すと丁寧です。
道を尋ねられたときは Which way is the station? — That way. のように短く返せます。That way is always crowded.(そっちの道はいつも混んでいる)のように主語にもなります。

場所を細かく伝える表現の広がり
over here / over there を軸に、語を少し足すだけで位置情報の精度が上がります。
- right here(まさにここ)/right over there(ちょうどあそこ)
- just over there(すぐそこ)/down there(下のあっち、通りの先)
- up there(上のあっち)/back there(さっき通った奥のあたり)
- in here(この中)/out there(外のあっち)
It’s right here in my pocket.(ちょうどここ、ポケットの中にあった)、I left my umbrella back there in the café.(さっきのカフェに傘を置いてきた)のように使います。
指し示す言葉だけで足りないときは、on your right(右手に)、next to the elevator(エレベーターの隣)、behind you(後ろ)といった具体的な位置表現を添えると相手が迷いません。それでは、ここまでの語をまとめて使う会話を見てみましょう。
場面別の会話例で口に出す練習をする
- 同じ物でも、持っている人からは this、離れて見る人からは that になる
- 買い物では this one / that one / these の三つが最もよく使われる
- 会話文はそのまま声に出して、役を交代しながら練習すると定着しやすい
まずは探し物の場面です。距離の基準が「話している人自身」であることが、一往復のやりとりにはっきり表れます。
- 同居人
- Are you looking for something?(何か探しているの)
- 学習者
- Yes. I can’t find my bicycle key. Did you see it somewhere?(そうなの。自転車の鍵が見つからなくて。どこかで見なかった)
- 同居人
- It doesn’t seem to be here. What’s it like?(ここにはなさそうだね。どんな鍵なの)
- 学習者
- It has a yellow key chain on it. I’ll check that room.(黄色いキーホルダーが付いているの。あっちの部屋を見てくるね)
- 同居人
- Do you mean this?(これのこと)
- 学習者
- Ah… Not that one. I’ll look over here.(あ、それじゃないの。私はこっちを探してみる)
- 同居人
- I’ll check the entrance. — Thank you. That would be great.(玄関を見てくるよ。— ありがとう、助かる)
鍵を手に持って差し出す側は Do you mean this?、離れて見る側は Not that one. と返しています。同じ物でも立ち位置によって語が入れ替わる、この一往復が距離の原則をよく表しています。
Did you see it? と it が使えるのは、「自転車の鍵」という話題がすでに共有されているからです。ここを that にすると、別の何かを指しているような不自然さが出ます。

買い物の場面
- 店員
- Hi, what can I get for you?(いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか)
- 学習者
- Could I have this one, please? And what’s that one on the top shelf?(これをひとつお願いします。あと、上の棚のあれは何ですか)
- 店員
- That’s a cinnamon roll. These over here are fresh from the oven.(あれはシナモンロールです。こちらのものは焼きたてですよ)
- 学習者
- Then I’ll take these two as well.(では、こちらの2つもいただきます)
- 店員
- Sure. Is that everything for today?(かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか)
one を添えた this one / that one は、「そちらの品」という含みが出て柔らかく響きます。Not that one, the one next to it.(それではなく、その隣のものを)という言い方も覚えておくと便利です。
道案内の場面
- 旅行者
- Excuse me, are the restrooms near here?(すみません、お手洗いはこの近くにありますか)
- 学習者
- Yes, they’re over there, past the vending machine.(はい、あちらです。自販機を過ぎたところですよ)
- 旅行者
- Is it down that hallway?(あの廊下の先ですか)
- 学習者
- That’s right. Go that way, and it’s on your left.(そうです。あちらに進むと左手にあります)
over there で大まかなエリアを示し、past the vending machine や on your left で目印を添える。この二段構えにすると、相手が迷いにくくなります。次は、多くの学習者が引っかかる箇所を整理していきます。
つまずきやすいポイントと直し方
- it は共有済みの話題、that は指し示す対象や相手の発言を受ける語
- these days(近ごろ)と in those days(あの当時)は時間軸で覚え分ける
- this hard / that late のように、形容詞や副詞の前で程度を表す用法もある
- this and that は「あれこれ」という決まった意味になる
it と that、どちらを使うか
日本語の「それ」に当たる英語は that だけではありません。it はすでに話題に出ていて、お互い何のことか分かっているものを指します。
一方 that は、指で示したり、相手の発言そのものを受けたりするときの語です。I bought a new camera. It was on sale.(新しいカメラを買った。セール品だったんだ)は話題の継続なので it、Look at that! Is that a hawk?(あれ見て。あれタカかな)は指し示しているので that になります。
these days と those days を混同しない
「最近」は these days、「あの当時」は in those days。日本語から組み立てると取り違えやすいので、時間の線を思い浮かべて位置を確認するのが確実です。
These days I hardly watch TV.(近ごろはほとんどテレビを見ない)は自然ですが、Those days I hardly watch TV. とすると時制と時間表現がかみ合わず、聞き手が混乱します。現在の話には these days、過去の一時期には in those days と、対にして声に出して覚えるのが早道です。
this / that で「こんなに・あんなに」を表す
this と that は、形容詞や副詞の前に置いて程度を表すこともできます。この用法が口から出るようになると、表現が一気に会話らしくなります。
- I didn’t think snowboarding would be this hard.(スノーボードがこんなに難しいとは思わなかった)
- I’ve never stayed up that late before.(あんなに遅くまで起きていたことはない)
- It’s not that expensive.(そこまで高くないよ)
- Is it really that far?(そんなに遠いの)
this and that は「あれこれ」
セットで使うと「あれこれ、いろいろ」という決まった意味になります。We were talking about this and that for hours.(何時間もあれこれ話し込んでいた)のように、内容を細かく挙げずにまとめる働きをします。
和製英語に引きずられない
指し示す語の練習をしていると、物の名前そのものでつまずくこともあります。たとえば「キーホルダー」は和製英語で、英語では key chain や key ring と言います。This is my key chain. のように、名詞ごと正しい形で覚えておくと安心です。
発音で「1つか複数か」を伝える
- this /ðɪs/ は短い母音+無声音の s、these /ðiːz/ は長い母音+有声音の z
- that /ðæt/ と those /ðoʊz/ は母音も語尾もまるごと異なる
- th は上下の歯で舌先を軽く挟んで息を通す音で、ざ行やだ行とは別物
this と these、that と those は、聞き取りにも発音にも差が出るペアです。母音の長さと語尾の有声・無声が違いの正体です。
this は母音を短く詰め、語尾は息だけの s。これに対し these は母音を長く伸ばし、語尾は喉が震える z になります。that は口を横に開いた「エァ」に近い母音で語尾が t、those は唇を丸めた二重母音で語尾が z です。
語頭の th は、上下の歯で舌先を軽く挟んで息を通す有声音です。日本語のざ行やだ行で代用すると別の単語に聞こえることがあるため、鏡で舌先が見えるかを確認しながら練習すると改善しやすくなります。
練習の手順はシンプルです。まず this / these を交互に5回、次に that / those を交互に5回。続けて this pen — these pens、that shoe — those shoes と、名詞まで含めて言い切ります。s の有無まで一息で言えるようになれば、聞き手に数が正しく伝わります。
1週間で身につける練習プラン
- 1日10分、身の回りの物を指して声に出すだけでも判断は速くなる
- 距離→数の順で考える習慣を作ると、迷う時間が短くなる
- 週の後半は時間・心理の用法と over here / over there まで広げる
知識として理解できても、会話で瞬時に選べるかは別の話です。短時間でも毎日声に出すほうが、まとめて長時間取り組むより定着しやすい傾向があります。
- 1日目:机の上の物を5つ選び、this / these で言い切る(This is my notebook. These are my pens.)
- 2日目:部屋の反対側の物を5つ選び、that / those で言い切る(That is my jacket. Those are my books.)
- 3日目:近くと遠くを1文に混ぜる(This is my cup, and that is my bag.)
- 4日目:時間の表現を練習する(this morning / these days / that night / in those days)
- 5日目:相手の発言を受ける定型を5つ音読する(That’s a good idea. など)
- 6日目:部屋を歩きながら over here / over there / this way / that way を実況する
- 7日目:この記事の会話例を役を交代しながら通しで読み、詰まった箇所だけ戻る
判断の手順はいつも同じです。まず自分から近いか遠いか、次に1つか複数か。この二段階を口ぐせにすると、考える時間がほとんど要らなくなります。
ミニクイズで感覚を確かめる
次の場面を英語で言ってみてください。声に出してから解答例を確認すると効果的です。
- 自分の手に持っているマグカップを指して「これ、私のです」
- 部屋の反対側のテーブルにある本を指して「あの本は面白いよ」
- 目の前のトレーに並んだクッキーを指して「これらは全部手作りです」
- 遠くの棚に並ぶ靴を指して「あの靴、いくらですか」
- 探し物をしていて「こっちにはないみたい」
- 相手が手に持っているペンを指して「それ取ってもらえる」
- 相手の提案に対して「それはいい考えだね」
解答例は、1が This is mine.、2が That book is interesting.、3が These are all homemade.、4が How much are those shoes?、5が It doesn’t seem to be over here.、6が Can you pass me that pen?、7が That’s a good idea. です。
迷った番号があれば、その用法を扱った章に戻って例文を3回ずつ音読してみてください。ひとりでの練習に加えて、相手のいる場で実際に指をさしながら話す機会があると、判断の速さが変わってきます。
よくある質問
- 日本語の「それ」は英語では that 側に入る
- it・that・the one は役割が異なり、置き換えられない場面がある
- 迷ったら距離と数の二段階に戻って考える
日本語の「それ」は this と that のどちらになりますか
多くの場合 that になります。日本語は「これ・それ・あれ」の三段階ですが、英語は自分の近くか離れているかの二段階しかないためです。相手の手元にあるペンでも、自分から離れていれば Can you pass me that pen? となります。
these days と in those days はどう使い分けますか
these days は「近ごろ」で現在の話に使い、現在形や現在進行形と組み合わせます。in those days は「あの当時」で過去の一時期を表し、過去形と組み合わせます。時間の線の上で、今に近い側が these、離れた過去側が those と覚えると取り違えにくくなります。
it と that はどのように使い分けますか
it はすでに話題に出ていて、お互い何のことか分かっているものを指します。that は指で示す対象や、相手が言った内容そのものを受けるときに使います。新しいカメラの話を続けるなら It was on sale.、空を指してタカかどうか尋ねるなら Is that a hawk? になります。
there と over there の違いは何ですか
there は相手のいる場所やすでに話題になっている地点という「点」のイメージで、over there はもう少し離れた「あそこ、向こう」という面のイメージです。Put it there. は話題の場所に置く指示、Put it over there, by the window. は離れた窓際を示す指示になります。
that of や those of は会話でも使いますか
書き言葉やあらたまった場面で多く使われ、日常会話では名詞を省略するほうが自然です。The temperature of Hokkaido is lower than that of Osaka. は、会話では The temperature in Hokkaido is lower than in Osaka. のように言い換えられます。なお that of の後ろには of や in などの限定する語句が必要で、than that. と裸で終えることはできません。
this と these の発音を区別するコツはありますか
母音の長さと語尾の音に注目します。this は短い母音で語尾が息だけの s、these は長い母音で語尾が喉の震える z です。this pen と these pens のように名詞まで含めて言い切る練習をすると、聞き手に単数か複数かが正しく伝わります。
電話で名乗るときに this is を使うのはなぜですか
自分は自分に最も近い存在なので this が選ばれ、Hello, this is Aya speaking. が定型になっています。相手を尋ねるときは離れているため Who’s this?(主に北米)や Who’s that?(主に英国)が使われます。対面で使う I am … を電話で言うとやや不自然に響くため、形ごと覚えておくと安心です。
those who は単数で言い換えられますか
this who という言い方は存在しません。単数で「〜する人は」と言いたいときは a person who や anyone who を使います。Those who wish to attend should sign up. は、Anyone who wishes to attend should sign up. と言い換えられます。
距離と数、二つの軸に戻れば迷わない
- 近くの1つは this、近くの複数は these、遠くの1つは that、遠くの複数は those
- 距離は物理的な遠近だけでなく、時間と心理の遠近にも同じ感覚が働く
- エリアなら over here / over there、方向なら this way / that way を使う
this と that を取り違えても、意味がまったく通じなくなるわけではありません。だからこそ後回しにされがちですが、同じくらいの英語力でも、この使い分けが安定している人の話は聞いていて安心感があります。
押さえるべきことは多くありません。近いか遠いか、1つか複数か。日本語の「それ」も英語では that 側に入る。相手の発言を受けるときは that、これから言うことを予告するときは this。
エリアとして「こっち・あっち」を示すなら over here と over there、方向や道筋なら this way と that way。時間なら these days と in those days を対にして覚える。この地図さえ持っていれば、会話の途中で迷子になることはほとんどなくなります。
今日から、手元のカップや向こうの棚を指して一言ずつ口に出してみてください。小さな積み重ねが、指し示す言葉を自分のものにしていきます。それではまた、See you!

