英語の本を読めるようになりたい。そう思って洋書を一冊買ったのに、数ページで栞を挟んだまま本棚に戻してしまった——そんな経験はありませんか。
この記事では、一編が数行で終わり、声に出すのが楽しく、しかも英語圏の人が全員知っている「マザー・グース」を入口として使う方法を、原詩・訳・使い方・つまずきやすい点まで含めて丁寧にたどります。
読み終えたその日から、電車の一駅ぶんで英語に触れる習慣を始められるはずです。英語の音とリズムを人と一緒に確かめたくなったときは英語教室のような場を併用するのも一つの手ですが、まずは一人で始められるところから見ていきましょう。
洋書が続かない本当の理由と、マザー・グースという足がかり
世界的に有名な『ハリー・ポッター』を開いてみたら、魔法用語や造語、イギリスの学校文化を前提にした言い回し、そして長い一文が続く。辞書を引く回数が増えるほど物語のリズムは崩れていきます。原因は語彙力そのものではなく、入口の高さにあります。
- 読書で英語を伸ばすには、内容の八割から九割が引っかからずに読める水準の素材が必要とされる
- 児童向けの物語でも、文化的な前提知識という見えない壁がある
- マザー・グースは一編が四行から十行で完結し、音とリズムだけでも成立する
- 「終わらない」というストレスがないため、習慣化しやすい
洋書が続かない最大の理由は、意志の弱さではありません。素材と現在地のあいだに段差がありすぎることです。
多読の考え方では、辞書を引かずに読み進められる水準として、内容の八割から九割が理解できる素材が望ましいとされます。逆に言えば、一ページに知らない語が十個あるような本は、どれだけ内容が魅力的でも継続の相手として不向きだということです。
やっかいなのは、児童向けの読み物であっても前提知識が必要になる点です。学校の寮制度、クリスマスの過ごし方、紅茶とビスケットの位置づけ、通貨や距離の単位。物語は「その文化で育った子ども」に向けて書かれているので、日本語話者にとっては語彙以外の部分でも引っかかります。
ならば、もっと手前に足場を置けばいい。一分で読み切れる素材から始めれば、読み終える感覚を毎日味わえます。
マザー・グースが入口に向いている三つの条件
第一に、長さです。四行から十行で一編が終わるため、通勤電車のひと駅、湯が沸くまでの数分といった隙間に収まります。読書が続かない最大の原因が「終わらないこと」である以上、これは決定的な利点です。
第二に、意味が取れなくても成立する点です。マザー・グースには意味をあえて外したナンセンス歌が多く含まれます。内容を追いきれなくても、音の並びを楽しめば読書として完結します。「理解できなかった」という敗北感が生まれにくいのです。
第三に、英語圏の共通教養であることです。小説や映画に散りばめられた引用に気づけるようになるので、後々の読書体験そのものが変わります。
では、そもそもマザー・グースとは何なのでしょうか。名前の奇妙さも含めて、まず輪郭を押さえておきましょう。
マザー・グースとは何か|定義・名前の由来・歌の数
- イギリスを中心に口伝えで受け継がれてきた童謡・わらべうたの総称
- 子守唄、遊び歌、なぞなぞ、早口言葉、ナンセンス歌まで内容の幅が広い
- 総数は数え方によるが、おおよそ六百から千種類ほどが伝わるとされる
- 名前はフランスのシャルル・ペローの昔話集の副題に遡る
- ジョン・ニューベリーの童謡集刊行以降、呼び名として定着した
英語圏の子どもが最初に出会う「詩」
マザー・グースは、イギリスを中心に何世代にもわたって口伝えで受け継がれてきた童謡・わらべうたの総称です。特定の作者がいる作品集ではなく、名もない人々のあいだで歌い継がれ、少しずつ形を変えながら残ってきた伝承の集合体だと考えてください。
中身は驚くほど多彩です。子守唄、遊び歌、指遊び歌、なぞなぞ歌、早口言葉、しりとりのように語をつないでいく歌、アルファベットを覚えるための歌、意味をあえて外したナンセンスな歌。総数は数え方によって変わりますが、おおよそ六百から千種類ほどが伝わっているとされます。
英語圏では、子どもが生まれて最初に出会う「詩」がマザー・グースだと言われることがあります。日本の子どもが「かごめかごめ」や「ずいずいずっころばし」を意味もわからないまま口にしているのと同じで、彼らは理屈より先に音とリズムで言葉を身体に入れていきます。
王室から一般家庭まで、階級を問わず共有されているのも大きな特徴です。だからこそ、大人同士の会話や報道の見出しにまで自然に引用されます。

「ガチョウ婆さん」という名前の由来
Mother Gooseを直訳すれば「ガチョウ母さん」「ガチョウ婆さん」。童謡集の名前としては奇妙ですが、由来はフランスに遡ります。
シャルル・ペローの昔話集には「Contes de ma mère l’Oye(わたしのガチョウ母さんのお話)」という副題が添えられており、これがイギリスで英訳される際、表紙の挿絵とともに副題として引き継がれました。つまり最初は、フランスの昔話集に付いていた愛称だったわけです。
その後、ロンドンの児童書出版業者ジョン・ニューベリーが一七六五年前後に『Mother Goose’s Melody(マザー・グースのメロディ)』という童謡集を刊行します。以降、伝承童謡を集めた本に「マザー・グース」と名づけるのが一般化していきました。
では、なぜガチョウなのでしょうか。西洋の農家でガチョウは家禽として身近な存在で、性格が穏やかで手がかからないため、その世話は家族の中で年配の女性に任されることが多かったと言われます。そして囲炉裏端で子どもに昔話を語る役もまた、同じ祖母でした。語り手のおばあさんとガチョウが自然に結びついた結果の呼び名だと考えられています。
ナーサリーライムとの違い
同じものを指す言葉として nursery rhyme(ナーサリーライム)があります。nurseryは子ども部屋や保育施設、rhymeは韻・脚韻のこと。つまり「子ども向けの韻を踏んだ歌」という、機能をそのまま表した名称です。
使い分けにはゆるやかな地域差があり、イギリスではナーサリーライム、アメリカではマザー・グースという呼び方が優勢とされます。日本では詩人の北原白秋が訳詩集『まざあ・ぐうす』を発表した経緯もあり、マザー・グースという呼称のほうが通りがよくなりました。
伝承の輪郭も一枚岩ではありません。植民地化とともに十七世紀以降に世界へ広がり、現在ではアメリカで生まれた歌もマザー・グースに数えられています。同じ歌でも歌詞や連の数が土地ごとに違うのはそのためで、「正しい版」を一つに決められないところも伝承童謡らしい性質です。
英語学習の入口としてマザー・グースが効く理由
- 韻と拍が整っているため、読み上げるだけで英語らしい抑揚が生まれる
- 綴りと音の対応(star / are、high / sky など)に自然と目が向く
- 一編が短く、読み終えられるので習慣として定着しやすい
- 英米の小説・映画の引用元になっており、教養としての実用性が高い
韻とリズムが発音の型をつくる
英語は強弱の拍で進む言語です。日本語が音のひとつひとつをほぼ同じ長さで並べるのに対し、英語は強く読む音節と弱く流す音節が交互に現れ、その周期でリズムを刻みます。
マザー・グースは韻を踏み、拍が揃うように何世代もかけて磨かれてきました。だから、意味を追わずに読み上げるだけで英語らしい抑揚が立ち上がります。メロディに乗せるのが難しければ、手拍子を打ちながら声に出すだけでも構いません。
韻を踏んでいる語を探す遊びを挟むと、綴りと音の対応にも目が向きます。starとare、highとsky、treeとmeとbe。綴りは違うのに音が揃う、あるいは綴りが似ていても音が違う。こうした発見が積み重なると、初めて見る単語の読み方を推測する力がついてきます。
日本語話者が苦手とする母音の長短や語末の子音も、同じ音の並びを繰り返すうちに耳が慣れていきます。
一編が短く、読み終えられる
読書が続かない最大の理由は「終わらないこと」です。三百ページの本を前にすると、今日読んだ五ページの手応えは霞んでしまいます。
その点、一分で読み切れて意味も取れる素材は精神的な負担が軽い。今日は三編、明日は二編と積み上げていけば、洋書を開く習慣そのものが定着します。数をこなした実感が数字として残るのも励みになります。
英米文化の共通言語になっている
マザー・グースを知ると、小説や映画の見え方が変わります。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』には、ハンプティ・ダンプティやハートの女王、トゥイードルダムとトゥイードルディーといったマザー・グース由来の存在が登場します。
アガサ・クリスティは作品名や筋立てに童謡を繰り返し用いました。
映画『トイ・ストーリー』のボー・ピープは “Little Bo-Peep” が下敷きですし、トールキンの『指輪物語』では原作のフロドが “Hey Diddle Diddle” を歌います。マリリン・モンロー主演の『お熱いのがお好き』という原題は、”Pease Porridge Hot” の歌詞にある “Some like it hot” から採られたものです。
英語圏の人はこうした引用に即座に反応します。知らなければ気づかずに通り過ぎてしまう層が、作品にはいくつも重ねられているわけです。慣用句として定着した表現も多く、教養としての実用性は高いと言えます。
理屈はここまでにして、実際に英語圏の家庭でどう使われているのか、会話の形で覗いてみましょう。
一般家庭でのマザー・グースの使われ方|祖母と孫の会話例
- 読み聞かせの場面では fairy tale と nursery rhyme が使い分けられる
- grandmother / nanny / granny などの呼び方には地域差と家庭差がある
- frightened と frightening の混同は学習者に多い誤り
- 読み聞かせで使う短い定型表現はそのまま日常会話に流用できる
祖母と孫のやりとり
祖母のもとで孫が、マザー・グースを読んでほしいとねだる場面です。役割名で読み進めてみてください。
孫:おばあちゃん、マザー・グースから何かお話聞きたいな。祖母:わかったよ、どんな種類の話がいい? おとぎ話がいいかしら、それとも童謡がいいかしら。孫:私は童謡がいいわ。でも気味の悪い歌は選ばないでね。一日中おびえて過ごすことになっちゃう。そんなふうになるのは嫌なの。祖母:そうね、だったら「ロンドン橋落ちた」はどうかしら。孫:おばあちゃん、私のことからかっているでしょ。それが気味の悪い歌なのよ。祖母:あら、ごめんなさい、私のかわいい子。それなら「きらきら星」はどうかしら。孫:いいね、私その歌好きよ。一緒に歌いましょう、おばあちゃん。
weird は「ウィアード」に近く、ei の綴りに引きずられて「ウェイアード」と読まないよう注意します。making fun of me は fun of が「ファノヴ」のようにつながります。
寝る前の読み聞かせ、家庭内でのくつろいだやりとり。家族間の親密な口調なので、職場や初対面の相手には使いません。
sweetheart は家族や恋人など、ごく近しい相手にのみ使う呼びかけです。店員や同僚に向けて使うと馴れ馴れしい印象を与えることがあります。
会話の中で二つの童謡が出てきました。London Bridge(ロンドン橋落ちた)と Twinkle, Twinkle, Little Star(きらきら星)です。どちらも日本で広く知られており、子どもの頃に歌った人は多いはずです。
孫が「気味の悪い歌」を避けたがっているところに、マザー・グースの二面性がはっきり出ています。この点は後半で詳しく扱います。
会話に出てきた語をおさえる
まず、おばあちゃんの呼び方から整理しましょう。grandmother は書き言葉寄りの正式な形で、日常会話でそのまま呼びかけることはあまりありません。
イギリス英語圏では nanny や nana がよく使われ、ほかに grandma、granny、gran といった形も一般的です。地域や家庭ごとの好みが強く出る語で、どの呼び方でも「おばあちゃん」であることは変わりません。
アメリカ英語の nanny には「子守り・住み込みの保育者」の意味が強く出ます。アメリカ人に向かって自分の祖母を nanny と紹介すると、雇っている保育者の話だと受け取られる場合があります。相手の英語圏によって伝わり方が変わる語だと覚えておきましょう。
続いて、会話に出てきた語句をまとめます。
- fairy tale:おとぎ話
- nursery rhyme:童謡、伝承童謡
- weird:気味が悪い、異様な、風変わりな
- frightened:おびえた、怖がっている
- all day long:一日中
- You’re making fun of me.:私のことをからかっているでしょう
- sweetheart:かわいい子(とても大切な相手への呼びかけ)
- How about …?:〜はどうかしら(提案の定番表現)
frightened と frightening の取り違えは学習者に非常に多い誤りです。I was frightened.(私は怖かった)と The story was frightening.(その話は怖かった)を対で覚えると混ざりません。I was frightening. と言ってしまうと「私は人を怖がらせる存在だった」という意味になります。同じ関係が interested / interesting、bored / boring にも当てはまります。
読み聞かせで使える言い回し
家庭で口にされる短い表現も、そのまま学べます。子どもに英語を触れさせたい保護者の方は、この五つだけでも覚えておくと読み聞かせが会話に変わります。
もう一つ読んであげようか。
read you は「リーヂュー」のようにつながります。one more を上げ調子にすると誘いかけの温度が上がります。
一編読み終えて、続けるかどうかを尋ねるとき。
Shall I …? はイギリス英語で自然な申し出の形です。アメリカ英語では Do you want me to read one more? のほうが日常的に使われます。
一行ずつ一緒に言ってみよう。
line by line は最初の line を強く、by を軽く流します。強弱の練習にちょうどよい短句です。
音読の練習に誘うとき。大人が一人で練習するときの合図としても使えます。
line by line を line to line と言い間違えやすいので注意します。「一つずつ」を表す型は one by one、step by step と同じ形です。
同じ音で終わっている言葉はどれ?
Which の wh は日本語の「ホ」を混ぜず、唇を丸めた w の音から入ります。
韻を探す遊びに誘うとき。自分の学習でも、この問いを自分に投げると読み方が変わります。
sound the same は「同じ音に聞こえる」。同じ綴りではないので、綴り探しにすり替えないようにします。
ほかにも、Do you know what happens next?(このあとどうなるか知ってる?)、That’s a tongue twister. Try it faster!(これは早口言葉よ。もっと速く言ってみて。)といった声かけがそのまま使えます。
それでは、実際の歌に入りましょう。まずは日本語で歌った記憶のある曲からです。
日本人になじみのある歌から入る|原詩と意味
- 「きらきら星」「大きな栗の木の下で」「しあわせなら手をたたこう」はすべてマザー・グース由来
- 日本語の記憶がある歌は、意味の壁がないぶん音に集中できる
- 韻を踏む語の組み合わせを探すと綴りと音の対応が見えてくる
- 動作を伴う歌は命令形と動詞句がまとめて身につく
Twinkle, Twinkle, Little Star(きらきら星)
日本では「きらきら星」として親しまれ、子守唄や手遊び歌としても定番です。まず原詩を見てみましょう。
きらきら光る小さな星よ/おまえは一体なんなのだろう/世界のずっと高いところで/空のダイヤモンドのように
star / are、high / sky で韻を踏みます。twinkle の tw は唇を丸めてから一気に開き、語尾の -kle は「クル」と母音を強く足さず軽く落とします。
寝かしつけ、手遊び、英語音読の一編目。旋律を知っている人が多いので導入に向きます。
How I wonder what you are! は疑問文ではなく感嘆の形です。語順を How do I wonder …? のように直そうとすると崩れます。
もとは十八世紀のフランスの歌で、モーツァルトが一七七八年にピアノ用の変奏曲に仕立てた旋律がイギリスに渡り、「The Star」という詩の一部が歌詞として結びついたと伝えられます。
日本では一八八一年に直訳が発表され、これが日本語に訳された最初のマザー・グースとされています。twinkle は、遠くの星や光が短い周期で明るさを変えながら瞬くことを指す語です。二番以降の歌詞もあるので、韻の位置を探しながら読むと語の並びが頭に残ります。
Under the Spreading Chestnut Tree(大きな栗の木の下で)
枝を広げた栗の木の下で/そこに君と僕とで座る/ああ、なんて幸せだろう/枝を広げた栗の木の下で
tree / me / be で韻が揃います。chestnut の t は発音されず「チェスナット」に近くなる点が日本語のカタカナ表記とずれます。
手遊び歌として。日本語詞で覚えた振りをそのまま英語に乗せられます。
spreading は「広げている」という現在分詞で、枝を大きく張った様子を表します。「広い栗の木」と訳すと木の形の情報が抜け落ちます。
日本語詞はほぼ直訳ながら、うまくまとまっています。戦後に米軍の兵士が口ずさんでいたのを聞き伝えたことで日本中に広まったと言われています。
If You’re Happy and You Know It(しあわせなら手をたたこう)
しあわせで、それがわかっているなら、手をたたこう(繰り返し)/しあわせで、それがわかっていて、本当にそれを表したいなら/しあわせなら、手をたたこう
clap your hands は clap your が「クラッピュア」のようにつながります。命令形の動詞を強く、your を弱く流すと英語の拍になります。
体を動かしながらの音読練習、子どもとの遊び、集まりの場のアイスブレイク。
shout “Hurray!” は Hooray とも綴ります。日本語の応援の「フレー」とは音が違い、後半にアクセントを置いて「フレイ」に近く発音します。
二番以降は clap your hands の部分が入れ替わります。差し替えの例を挙げます。
- stamp your feet:足を踏み鳴らす
- snap your fingers:指をパチッと鳴らす
- nod your head:うなずく
- turn around:振り向く、その場で回る
- shout “Hurray!”:万歳と叫ぶ
動作を自分で足したり、複数をつないだり、だんだん速くしたりと遊び方を広げられます。命令形と身体の動きが直結するので、動詞句が定着しやすい歌です。

Mary Had a Little Lamb(メリーさんのひつじ)
学校について行ってしまう子羊の歌で、こちらも日本語で歌った記憶のある人が多いでしょう。lamb、school、everywhere といった基本語が繰り返され、初学者が最初に暗唱する一編に向いています。
lamb の b は発音しません。「ラム」と読みます。同じように綴りに現れるのに読まない子音は comb(櫛)、climb(登る)にもあり、まとめて覚えておくと後で役に立ちます。
なじみのある歌で助走がついたところで、少し踏み込みます。次は、歌詞の裏に歴史が透けて見える一編です。
童謡で知るロンドン橋|歴史と人柱の解釈
- 橋が落ちるたびに材料を替えて架け直す構成になっている
- broken down と falling down の二つの版があり、後者はアメリカで一般的
- “my fair lady” に人柱の記憶を読む解釈があるが、歴史的裏づけはない
- 句動詞と素材名の対句が反復され、英語教材としても具合がよい
童謡集にはその国の歴史が映り込む。しかも英語は易しい。この二つが同時に成り立つ例として、ロンドン橋の歌ほど分かりやすいものはありません。
ロンドン橋の歴史
先ほどの会話で孫は「ロンドン橋落ちた」を気味の悪い歌だと言いましたが、日本では遊戯歌として歌った記憶を持つ人がほとんどでしょう。
ロンドン橋が壊れ落ちた/壊れ落ちた、壊れ落ちた/ロンドン橋が壊れ落ちた/わたしの美しい人よ
broken down は broken の第一音節を強く、down にもう一つ拍を置きます。二語で拍を刻む練習になります。
二人が手でアーチを作り、その下を列になってくぐる遊戯歌として歌われます。
broken down は受け身、falling down は能動の進行形で、文法上の形が違います。どちらかが誤りというわけではなく、地域と時代による版の違いです。
一番の “broken down” は “falling down” と歌われることも多く、アメリカでは後者が一般的です。以降の連では、木と粘土で建てれば流され、煉瓦とモルタルなら崩れ、鉄と鋼は曲がってしまい、銀と金では盗まれる、と試行が続きます。
つまりこれは、何度壊れてもあきらめず、壊れない橋を考えようという歌なのです。
実際のロンドン橋も、火災や損壊を繰り返しました。十九世紀に架けられた石橋は最終的にアメリカへ売却され、アリゾナ州へ運ばれて再建されています。歌がなぞってきた通りの運命をたどった橋だとも言えます。
“my fair lady” と人柱の解釈
原詩では各連の末尾に “my fair lady” が置かれ、日本語では「お嬢さん」「ロンドン橋」などと訳されるのが通例です。ミュージカルの題名として耳になじんでいる語なので、単に美しい女性への呼びかけだと受け取られがちです。
ところが歌を最後まで追うと、「一晩中見張りを立てよう」という連で締めくくられます。ここから、繰り返し落ちる橋を支えるために人を犠牲として埋めた、いわゆる人柱の記憶が重ねられているという読み方が生まれました。各連の末尾の “my fair lady” は、その役に選ばれる娘へ呼びかける言葉だった——という解釈です。
人柱の読み方は、あくまで解釈の一つです。歴史的な裏づけがあるわけではありません。「この歌は人柱を歌ったものだ」と断定して人に伝えると、事実と解釈が混ざってしまいます。「そう読む説がある」という形で紹介するのが安全です。
橋の建設に人身供犠が伴ったという民間伝承は、ヨーロッパ各地の橋や城に残っています。明るい遊戯歌の底に不吉な影を読み込む態度そのものが、謎解きを好むイギリス人の気質をよく表していると言えるでしょう。日本の「かごめかごめ」に諸説がつきまとうのと構造は同じです。
歌詞の構造から学べる英語
この歌は英語の教材としても具合がよくできています。broken down、falling down、build it up といった句動詞が反復されるため、前置詞や副詞と動詞の組み合わせが自然に頭に入ります。
素材名も wood and clay、bricks and mortar、iron and steel、silver and gold と対になって並びます。and でつなぐ二語一組の形は英語に非常に多いので、この歌で型ごと覚えてしまうのが得策です。
受け身と能動が交互に現れるので、同じ形の繰り返しの中で文型が体に入ります。
ロンドン橋のように背景を持つ歌は他にもたくさんあります。押さえておくと会話や読書で効く定番を、続けて見ていきましょう。
押さえておきたい定番と、その裏側
- Humpty Dumpty はもともと「卵」を答えとするなぞなぞだった
- ナンセンス歌の語には意味がなく、響きだけで選ばれている
- Jack and Jill の crown は王冠ではなく「頭のてっぺん」
- 積み上げ歌は関係代名詞 that の働きを体感できる素材
Humpty Dumpty
ハンプティ・ダンプティが塀に座った/ハンプティ・ダンプティは大きく落っこちた/王様の馬をぜんぶ、王様の家来をぜんぶ集めても/ハンプティを元に戻すことはできなかった
wall / fall、men / again で韻を踏みます。again はイギリス英語では「アゲイン」ではなく「アゲン」に近く読まれ、そのほうが韻が揃います。
「一度壊れたら元に戻せない」ものの比喩として、大人の会話や記事の見出しにも引用されます。
had a great fall は「素晴らしい落下をした」ではありません。great はここで「大きな、ひどい」の意味です。
Humpty Dumpty は「ずんぐりむっくり」を指す古い俗語です。この歌はもともとなぞなぞで、「王様の馬でも家来でも元に戻せなかったものは何か」という問いに対する答えは「卵」でした。
擬人化された卵が塀に腰かけている挿絵は、いまや世界中で共有されています。『鏡の国のアリス』に登場して以来、文学上の存在感も別格になりました。
Hey Diddle Diddle / Hickory Dickory Dock
マザー・グースには意味を追っても何も出てこないナンセンス歌が数多くあります。”Hey Diddle Diddle” はその代表で、猫がヴァイオリンを弾き、牛が月を飛び越え、皿が匙と駆け落ちします。
diddle にも hickory dickory dock にも特別な意味はなく、響きのよさだけで選ばれた言葉です。日本の「ずいずいずっころばし」に近い、はやし言葉の役割だと考えるとしっくりきます。
“Hickory Dickory Dock” はネズミが時計を駆け上がり、鐘の鳴った数で時刻を数える歌で、数と時間の言い方の練習になります。アガサ・クリスティに同名の作品があります。
ナンセンス歌を辞書で一語ずつ調べようとすると、時間ばかりかかって成果が出ません。意味のない語には「意味がない」という札を貼って先へ進むのが正しい読み方です。分からない語をすべて解決しようとする姿勢が、かえって多読の妨げになることがあります。
Jack and Jill
ジャックとジルが丘を登った/水の入った手桶を取りに/ジャックは転んで頭のてっぺんを割った/ジルも転がり落ちてきた
Jill / hill、crown / down が響き合います。一行目は Jack、Jill、up、hill と拍が四つ並び、行進のようなリズムになります。
ごく短い暗唱の練習に。Jack and Jill は「男女一般」の代名詞としても引用されます。
crown は王冠ではなく「頭のてっぺん」。ここを誤解すると絵が浮かびません。pail は bucket と同じく手桶・バケツのことです。
Jack と Jill は英語圏で最もありふれた男女の名の代表で、”Every Jack has his Jill.”(どんな人にも相手はいる)という言い方に転じています。童謡が慣用句の供給源になっている好例です。
Monday’s Child
月曜の子は顔が美しい/火曜の子は気品に満ちる/水曜の子は悲しみに満ちる/木曜の子は遠くへ行く/金曜の子は愛情深く与える人/土曜の子は生活のために懸命に働く/そして安息日に生まれた子は/美しく朗らかで、善良で快活だ
face / grace、woe / go、giving / living、day / gay と二行ずつ韻が移ります。この規則性を目で追うだけでも脚韻の感覚がつかめます。
曜日名を覚える教材として。自分の生まれた曜日を調べて読むと記憶に残ります。
fair of face、full of grace は古風な言い回しで、現代の作文にそのまま持ち込むと不自然になります。また最終行の gay は「快活な」という古い語義で使われており、現代の一般的な用法とは異なります。
生まれた曜日で性格を占う歌です。水曜の子は woe(悲嘆)に満ち、木曜の子は遠くへ行く運命、と扱いに大きな差があります。安息日の子だけが手放しで祝福されているのは、キリスト教文化が背景にあるからです。
Peter Piper(早口言葉)
ピーター・パイパーは酢漬け唐辛子を一ペック摘んだ/一ペックの酢漬け唐辛子をピーター・パイパーは摘んだ/もしピーター・パイパーが一ペックの酢漬け唐辛子を摘んだのなら/ピーター・パイパーが摘んだ一ペックの酢漬け唐辛子はどこにある?
語頭の p は息を強く出す有気音です。口の前に紙を垂らし、p のたびに紙が揺れるかを確認すると分かりやすくなります。peck は乾量の単位で、一ペックはおよそ九リットル前後です。
p の破裂音の練習。話す前の口慣らしとしても使われます。
速さを競う前に、一語ずつ正確に発音できるかを確かめます。崩れたまま速く言う練習を重ねると、崩れた形が固定されてしまいます。
The House That Jack Built(積み上げ歌)
一行ずつ要素が足されていく歌です。冒頭はこう始まります。
これはジャックが建てた家/これはジャックが建てた家に置いてあった麦芽/これはジャックが建てた家に置いてあった麦芽を食べたネズミ
built、malt、rat、cat、corn、morn、shorn、torn、forlorn、horn と韻が連鎖し、暗唱を助けます。関係詞 that は弱く速く流すのが自然です。
関係代名詞 that の働きを体感する練習。暗唱の到達目標としても人気があります。
後半では十数個の関係詞節が数珠つなぎになります。文全体を訳そうとせず、that のたびに区切って後ろから前へ戻ると意味が取れます。
Hush, Little Baby
静かに、赤ちゃん、何も言わないで/ママがマネシツグミを買ってあげる/もしそのマネシツグミが歌わなかったら/ママがダイヤの指輪を買ってあげる
word / bird、sing / ring と二行ごとに韻が移ります。Mama’s going to は歌では「ママズ ガナ」のように縮めて歌われることが多くあります。
子守唄として。品物が次々に変わっていくので、名詞を増やす練習にもなります。
that mockingbird don’t sing は、標準的な文法では doesn’t sing となる形です。歌や口語で今も使われる崩れた言い方で、伝承歌にはこうした古い語法が保存されています。文法の見本として暗記するのは避けましょう。
明るい歌ばかりを見てきましたが、マザー・グースにはもう一つの顔があります。次はそこに踏み込みます。
少し不気味な歌との付き合い方
- Who Killed Cock Robin? は解釈が定まらないまま伝わってきた長編
- 戒め、疫病や処刑の記憶、政治風刺が背景として重なっている
- 「怖い由来」の説には後世の付け足しが混じっている場合がある
- 子どもと読むときは明るい歌から入り、暗い歌は年齢に応じて
有名な暗い歌たち
Who Killed Cock Robin?(誰がこまどりを殺したの)は、マザー・グースとしては長い十四連の構成です。
誰がこまどりを殺したの/わたし、とスズメが言った/わたしの弓と矢で/わたしがこまどりを殺した
Sparrow / arrow で韻を踏みます。以降の連でも「誰が」「わたし」の問答が同じ型で繰り返されるため、耳に残りやすい構造です。
推理小説や映像作品での引用が非常に多い一編です。大人が背景ごと読む素材として向きます。
“I, said the Sparrow” は倒置の形で、現代の会話文なら “the Sparrow said” の語順になります。詩の語順として受け取ってください。
次々に生き物が名乗り出て、最後にはこまどりの葬送が描かれます。解釈は定まっておらず、ロビン・フッドとの関連を見る説、狩猟中に矢で射られて死んだイングランド王ウィリアム二世の事件を暗示するという説などが並びます。真相が確定しないまま想像を許すところが、長い歴史を持つ歌ならではの味わいです。
My Mother Has Killed Me(お母さんがわたしを殺した)は、母に殺され父に食べられ、兄弟が骨を拾って冷たい石の下に埋める、という強烈な内容です。「悪いことをすると食べられてしまう」という戒めとして伝えられてきたと説明されます。グリム童話の「ねずの木」と近い筋立てを持つことでも知られています。
Lizzie Borden は、一八九二年にアメリカのマサチューセッツ州で起きたボーデン夫妻殺害事件をもとにした、なわとび唄です。娘のリジーが容疑者として逮捕され、物証を欠いたため無罪となり、真犯人は不明のままでした。歌詞の「四十回」「四十一回」という数字は実際の傷の数とは合っておらず、事件が子どもの遊び歌に変換されていく過程がそのまま残っています。
Ring-a-Ring-o’ Roses については、輪になった花はペストの発疹、ポケットいっぱいの花は悪臭よけのハーブ、”We all fall down” は死を意味する、という有名な解釈が語られます。
ペスト説が文献に現れるのは二十世紀に入ってからで、後世の付け足しだと見る研究者も少なくありません。「怖い由来」の話は面白い反面、根拠が薄いものが混じっています。人に紹介するときは「そういう説がある」と添えるのが誠実な扱い方です。
なぜ子ども向けの歌が暗いのか
背景はいくつか重なっています。子どもへの戒めやしつけとして意図的に恐ろしさを持ち込んだもの。疫病や飢餓、処刑が日常の隣にあった時代の記憶が沈んだもの。政治や王室への風刺を童謡に紛れ込ませたもの。
伝承歌は誰かが管理する作品ではないため、時代の空気をそのまま吸い込んで残ります。作者がいれば削除も修正もされたはずの要素が、そのまま化石のように保存されているわけです。
子どもと読むときの配慮
英語学習のために大人が読む場合は、暗い歌も歴史の資料として面白く読めます。一方、小さな子どもへの読み聞かせでは、選ぶ歌を分けたほうが無理がありません。
まずはきらきら星や手遊び歌のように明るく身体を動かせるものから入り、暗い歌は本人が物語として受け取れる年齢になってから、背景の説明を添えて紹介する。先ほどの会話で孫が「気味の悪い歌はやめて」と言ったのは、そのまま子どもの側の正直な要望です。
歌の全体像が見えてきたところで、いよいよ具体的な進め方に移ります。
読み方と進め方|今日から始める手順
- 音源で拍を掴んでから活字に戻ると、韻の位置が見えてくる
- 一編につき三回読み(通読・調べる・音読)で数分あれば足りる
- 日本語訳のある版を隣に置くと解釈の取りこぼしが減る
- 「歌の言葉」と「今使う言葉」を分けて棚に置く
音を先に、活字を後に
マザー・グースは口伝えの歌です。まず音源で聞き、旋律と拍を掴んでから活字に戻ると、韻の位置が自然に見えてきます。
動画サイトには読み聞かせや歌唱が大量にあり、同じ歌の別バージョンを聞き比べるのも勉強になります。歌詞が違っていても、どちらかが間違いというわけではありません。
三回読みを一編ずつ
一編につき三回を目安にすると効率がよくなります。手順は次の通りです。
- 一回目は辞書を引かずに通し読みして、絵と音だけで大意を掴む
- 二回目に分からない語を調べ、韻を踏んでいる箇所に印をつける
- 三回目は声に出して拍を刻む
四行の詩なら三周しても数分で終わり、負担なく続けられます。一日一編でも一年で三百編を超える計算になります。

一週間の練習計画の一例
何から手をつけるか迷う場合の、組み立て例を示します。自分の生活に合わせて入れ替えて構いません。
- 一日目:Twinkle, Twinkle, Little Star を音源で三回聞き、原詩を音読する
- 二日目:同じ歌の韻を踏む語(star / are、high / sky)に印をつけ、二番の歌詞も読む
- 三日目:Under the Spreading Chestnut Tree を追加。tree / me / be の韻を確認する
- 四日目:If You’re Happy and You Know It で動作をつけて音読し、動詞句を五つ書き出す
- 五日目:London Bridge を読み、素材名の対句(wood and clay など)を書き取る
- 六日目:Peter Piper で p の発音練習。速さより正確さを優先する
- 七日目:これまでの五編を続けて音読し、暗唱できるものがあるか確かめる
二週目以降は、暗唱できた歌を一編ずつ入れ替えていくと無理なく増えていきます。すべてを完璧にする必要はありません。
訳書と併読して理解を確かめる
日本語訳のある版を隣に置くと、解釈の取りこぼしが減ります。
平野敬一の研究書は、それぞれの歌がどんな教訓を含み、文化の中でどんな役割を果たしてきたかを解き、慣用句化した表現も拾えます。谷川俊太郎の訳(一九七五年、堀内誠一の絵)は、原詩の語感を日本語の音に置き換える離れ業で当時の流行の火付け役になりました。
和田誠の絵による版は巻末に原詩を収めており、対照しながら読めます。北原白秋の『まざあ・ぐうす』は、日本にこの呼び名を定着させた古典です。
つまずきやすいところ
伝承歌には現代の標準からずれた言い方が残ります。主なものを挙げます。
- crown が「頭のてっぺん」を指す(Jack and Jill)
- fair lady が単なる美人への呼びかけとは限らない(London Bridge)
- don’t sing のように三人称単数の s が落ちる(Hush, Little Baby)
- fair of face のような古風な語順が出る(Monday’s Child)
- I, said the Sparrow のような倒置が使われる(Who Killed Cock Robin?)
これらを現代英語の作文の手本にすると混乱します。試験の答案やビジネスメールに持ち込むと誤りと判断される形も含まれます。「歌の言葉」と「今使う言葉」を別の棚に置くのが安全な扱い方です。
もう一つ、同じ歌に複数の版があることを知っておくと戸惑いません。ロンドン橋の broken down と falling down のように、地域や時代で歌詞が違うのは当たり前で、どれかが誤りというわけではありません。
洋書へつなげる道筋
マザー・グースで音とリズムに慣れたら、次はイギリスの小学校で使われる段階別の絵本シリーズや、一ページに数語しかない絵本へ進むと段差が小さくなります。
絵から意味を推測できるので、辞書を閉じたまま読み進める感覚が身につきます。そこから短い児童書、章立てのある読み物へ。この順で登れば、最初に投げ出した『ハリー・ポッター』も、いつのまにか栞が前に進むようになります。
しかも作品に散らばる童謡の引用に気づけるだけの下地が、すでにできあがっています。
よくある質問(FAQ)
- 大人が学習素材として使っても不自然ではない
- 子どもと読む場合は歌の選び方に配慮が要る
- 版の違いや古い語法は、性質として理解しておけば混乱しない
まとめ:短い歌が残してくれるもの
- 数行の詩なら、電車を一駅過ぎる間に読み終えられる
- 続けるうちに英語の拍が身体に馴染み、語彙も増えていく
- 英米の人が共有する物語の地図が頭の中に描かれる
マザー・グースには、気味の悪い歌もあります。ロンドン橋のように、明るい遊戯歌の下に人柱の影が読み込まれてきたものもあります。
その一方で、早口言葉やなぞなぞ、指を折って数える歌のように、英語を覚えるのにちょうどよい素材がずらりと揃っています。どちらの顔も、長い時間を生き延びてきた歌だからこそのものです。
数行の詩を声に出すだけなら、電車を一駅過ぎる間に終わります。それを続けるうちに、英語の拍が身体に馴染み、語彙が増え、イギリスやアメリカの人が共有している物語の地図が頭の中に描かれていきます。
分厚い洋書に挑む前の助走として、これほど気楽で実りの多い場所はそう多くありません。まずは一編、原詩のまま</st

